― “分からない貸付金”が後継者を苦しめる ―
事業承継というと、
・誰に引き継ぐか
・株式をどのように譲り渡すか
・事業承継に必要な資金をどうするか
といったテーマに意識が向きがちです。
もちろん、いずれも重要な論点です。
しかし、金融の現場に長く携わっていると、それと同じくらい重要でありながら、見落とされがちなポイントがあります。
それが、「決算書」、特に「貸借対照表(B/S)」の整理です。
決算書の整理というと、M&Aを行う際の準備として取り上げられることが少なくありませんが、親族内承継や従業員承継においても、その重要性は変わりません。
今回は、私自身の経験も交えながら、決算書の整理の重要性についてお伝えしたいと思います。
「分からない貸付金」が当たり前になっている
金融機関に在籍していた頃、融資業務に携わっていたこともあり、中小企業の決算書を数多く見てきました。
そして、よく見かけたのが、貸借対照表上の「社長あての貸付金」です。
業歴の長い会社ほど見かけることが多かったように思います。
社長が交代して間もない会社では、こうした貸付金について社長に尋ねると、
「それは先代が作ったもので、よく分からないんです。」
という答えが返ってくることがほとんどでした。
このように、決算書上は会社の資産として計上されているにもかかわらず、
・どういう経緯で発生したのか分からない
・誰に対するものか曖昧
・回収できるのかも不明
という状態のまま、後継者に引き継がれているケースが多く見受けられました。
こうした貸付金が残っていても、日々の業務に問題が生じることはほとんどありません。
しかし実際には、「問題がない」のではなく、「まだ問題になっていないだけ」なのです。
ある食品卸売業者の事例
社長あての貸付金に関して、特に印象に残っている事例があります。
とある食品卸売会社から、コロナ融資の申込みがありました。
社長は2代目で、社外から招聘された優秀な経営者でした。
決算書を見ると、社長あての貸付金はありましたが、会社の業績自体は比較的安定していました。
面談の際、貸付金について社長に尋ねると、
「先代が作ったもので、私はただ引き継いだだけ。詳しいところは分からない」
とのことでした。
金融機関の立場としては、回収の見通しが乏しい貸付金については、資産価値のないものとして取り扱うのが一般的です。
ただし、この社長は、新しい取り組みを積極的に行い、競争の激しい業界の中でも着実に業績を伸ばしていました。
また、決算書の数字もきちんと理解しており、貸付金にも向き合っていました。
実際に、徐々にではありますが、貸付金は減りつつありました。
そのため、「貸付金を差し引いても融資は可能だろう」と考えながら面談を進めていきました。
ところが、面談の終盤に社長はこう言ったのです。
「私は連帯保証人になりたくない」と。
貸付金があるばかりに・・・
中小企業が金融機関から融資を受ける場合、一般的には、社長が連帯保証人となるケースが少なくありません。
一方で、近年は、一定の要件を満たすことで、代表者保証を免除できる融資制度も設けられています。
当時のコロナ対応融資にも、代表者保証を免除する制度がありました。
その要件の一つが、「代表者あての社外流出がないこと」でした。
会社から社長個人に資金が流出している場合、法人と個人の資産・経理が明確に分離されていないと見なされ、結果として金融機関は代表者保証を外しにくくなるのです。
この会社の決算書には社長あての貸付金が計上されていました。
そのため、コロナ融資を利用するには、社長の連帯保証が必要となったのです。
もちろん、コロナ融資とは別に、社外流出がある場合でも社長の連帯保証が不要となる融資制度はありました。
ただし、コロナ融資より金利が高く、さらに利子補給の対象外でした。
そこで社長に尋ねました。
「連帯保証に入ってコロナ融資を利用しますか。それとも、連帯保証には入らず、別の融資制度を利用しますか。」
社長の答えはこうでした。
「やはり連帯保証には入りたくない。」
最終的には、この会社はコロナ融資とは別の融資制度を利用しました。
社長は連帯保証人にはならずに済んだものの、コロナ融資のメリットは享受できなかったのです。
この事例で問題となったのは会社の「業績」ではありません。
先代から引き継がれた「貸付金」でした。
なぜ「内容の分からない貸付金」が残るのか
では、なぜ内容の分からない貸付金や仮払金が残り続けるのでしょうか。
その要因の一つが事業承継にあります。
事業承継の際、後継者は、自らが関与していない過去の取引や会計処理を引き継ぐことになります。
貸付金や仮払金は、日常業務では直ちに問題にならないことも多く、十分に確認されないまま引き継がれてしまうことがあります。
その後、経緯を知る人が退任したり、資料が処分されたりすることで、内容の把握はさらに難しくなります。
結果として、「何のために計上されたのか分からない貸付金」が決算書に残り続けてしまうのです。
だからこそ、
・本当に回収できるのか
・どういう経緯で計上されたのか
・現在も残しておくべきものなのか
などの点について、事業承継前にどのように整理するか検討しておくことが大切です。
もちろん、具体的な対応については、税理士などの専門家と相談しながら進めていくことになります。
重要なのは「とりあえず残しておく」のではなく、「内容が分かるうちに向き合う」ことです。
相続の場面でも問題になる
社長あての貸付金とは逆に、「社長からの借入金」いわゆる役員借入金が問題になることもあります。
会社から見れば負債ですが、社長個人から見れば会社に対する貸付金であり、相続時には財産として評価されます。
そのため、役員借入金が多額に残っている場合、相続税負担の増加につながることがあります。
役員借入金についても、事業承継前に現状を確認し、今後の対応策を検討しておくことが大切です。
まとめ
最後になりますが、決算書の整理を進めないまま事業承継を迎えると、最終的に誰が困るのでしょうか。
最も困るのは後継者です。
金融機関や税理士などから、
「この貸付金は何ですか」
「この仮払金の内容は何ですか」
と尋ねられても、
・経緯が分からない
・資料が残っていない
という状況では説明ができません。
結果として、余計な手間やコストが発生したり、本来得られるはずだった利益を失うことにつながるおそれもあります。
つまり、「過去のあいまいな処理のツケを、後継者が払う」ということです。
事業承継は、人や株式だけでなく、「財務」を引き継ぐことでもあります。
だからこそ、決算書の整理は次の世代への思いやりです。
事業承継を検討されている方は、ぜひ一度、決算書の中身を見直してみてください。
事業承継士®・中小企業診断士・司法書士 岡本 哲郎
